みんなが幸せになる経済と社会のしくみを考えよう

資本主義に替わる理想的な社会システムと未来のビジョンを提示します

第二章 バイオミメティック経済論

 前の章はこのバイオミメティック経済論を理解するための下準備でした。ここから本論に入っていきます。

血液とお金の違いについて考える

 私たち人間は約60兆個の細胞でできていると言われ、血液が全ての細胞に栄養や酸素を運んでいます。肺の細胞が酸素を独占することもなければ、小腸の細胞が栄養を独占することもなく、全ての細胞に血液が行きわたり、栄養や酸素が届けられます。そして、各細胞は身体全体のために、自分の役割を果たします。このように、精緻で完全な人体のシステムを経済に応用して、社会の人々全体にお金が行き渡る社会を構築する方法を探っていきましょう。

生体社会での通貨の特徴1 ~減価する通貨~

 赤血球の寿命は約120日だと言われます。新しく生まれた赤血球は120日で使命を終えます。考えてみれば、血液だけでなく、私たちが生活で必要とする食料も衣類も全て時間の経過と共に劣化していきます。ならば、通貨も万物と同様に減価していくべきではないでしょうか。
 野菜を食べきれないほどもらった時など、悪くならないうちに早く食べてしまおうとしたり、家族や友人にあげたりするでしょう。お金に減価する仕組みを持たせると同様の現象が起こり、お金が貯め込まれるのではなく、社会に循環するようになります。お金が社会に循環するということは、そのお金に伴って商品やサービスが人々の間を循環するということで、それは人々の豊かな生活につながります。

 生体社会での通貨は、個人に1つだけの電子マネー口座として管理され、月をまたぐごとに数%ずつ減額する仕組みを持っています。つまり、放っておけばどんどん減ってしまうため、貯めこむのではなく、自分の必要な物やサービスと積極的に交換していくようになるのです。説明の都合上、生体社会での電子化されたお金を互助通貨と呼ぶことにします。
 政府は減価の速度によって、その循環をコントロールすることが可能です。もし、月をまたぐごとに2%減価するようにすれば、10000円が翌月には9800円になり、3年(36ヶ月)後には4931円とほぼ半額になる計算です。ちなみに、1%の減価なら、5年10ヶ月でほぼ半額になります。この原価分は税として徴収され、社会福祉などで還元されます。

 通貨の働きについて復習してみましょう。通貨には財やサービスと交換できるという交換機能と貯めておくことができるという貯蔵機能があるということでした。
 この交換機能と貯蔵機能とはトレードオフ(trade-off, 一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の状態・関係のこと)の関係になっていて、両立することはありません。つまり、買い物をして通貨を使っている時は貯蔵していないし、貯蔵している時は財やサービスと交換していないということになります。
 通貨は人々の間を循環し、財やサービスと活発に交換されることによって、人々の生活を豊かに便利にするのですから、通貨の交換機能を活性化するためには、通貨の貯蔵機能を弱めればいいということになります。つまり、通貨が減価することが通貨の循環を促し、景気が良くなるということになります。これは、血液が劣化するように、通貨も減価すればいいという互助経済論の考えと一致します。

生体社会での通貨の特徴2 ~貯蓄額の上限の存在~

 生体社会には通貨の循環を促進するもうひとつの特徴があります。
 それは、貯蓄額に上限が存在するという特徴です。つまり、生体社会の電子マネー口座に貯蓄できる上限が決まっていて、それをあふれた分は税として自動的に徴収されるという仕組みになっています。

 人体の細胞は酸素が供給されなくなった場合に備えて、酸素を過剰に蓄えたりしませんし、そのようなことはできません。養分も同様で、細胞内にいくらでも栄養を蓄えることはできません。ですから、各細胞は自分が必要とする分だけの酸素や養分を受け取った後は他の細胞に栄養や酸素を回すのです。必要な分しか取らないし、取ることができないようになっています。人間一固体の身体としては、過剰なカロリーは脂肪として蓄えますが、各細胞は過剰に酸素やエネルギーを蓄えたりしません。考えてみれば、私たちもお腹いっぱい食べるとそれ以上は食べられませんし、寝だめもできません。
 人間の欲には2種類の欲望があります。ひとつは食欲や睡眠欲のような、貯めこむことのできない欲望です。こういった欲望は生存に必要な欲望なので、便宜上ボディの欲と呼ぶことにします。
 他方、名誉欲、権力欲、支配欲、自己顕示欲のような限りのない欲望もあります。これらをマインドの欲と呼ぶことにします。

 金銭欲はどちらのタイプの欲望でしょうか。資本主義社会では貯蓄額に限度がありませんので、多くの人にとって、金銭欲はマインドの欲となります。金銭欲に限りがないので、いつもお金のことが気になり、お金を増やすことが自己目的化し、人や企業はお金を稼ぐことが最優先目標となり、いくら稼いでもそれに満足することがありません。使いもしないブランド品を集めたり、高級車を何台も所有したりします。
 そうしたセレブと呼ばれる人たちの心は本当に満たされているのでしょうか? 何かそれらのぜいたく贅沢品を持ってしても埋めることのできない何かを抱えているのではないでしょうか。真のセレブという人が存在するならば、自分が本当に必要な高級品を数点持つだけで、後の全ては世界の貧しい人に分け与えるような人ではないでしょうか。

 必要もないお金を貯め込んでいる人や企業のせいで、それを本当に必要とする人の所にお金が回りません。そればかりでなく、過剰な利益追求のために、環境破壊、長時間労働、煩わしいセールス、企業モラルの低下、利益至上主義、詐欺まがいの商法などの問題が起きています。本来、人々を便利に豊かにするための単なる「道具」に過ぎないお金に、私たちは逆に支配されているのです。

 生体社会では貯蓄に上限を設け、さらにそれが減価する仕組みを導入することによって、お金をもっと儲けたいという欲望をマインドの欲のステージからボディの欲のステージに移すことができます。そうすることによって、私たちは常にお金のことが意識から離れないお金の奴隷の立場から開放されることでしょう。消費することによって幸せを感じるのではなく、人とのつながりに喜びを見出し、趣味を楽しむことによって幸せを感じるようになります。

 マインドの欲を否定しているのではありません。向上心などもマインドの欲に含まれるので、それが悪だというつもりはありません。しかし、その欲望に振り回されると、逆に人を不幸にしてしまうタイプの欲望だとも言えそうです。人間社会では何億円もの財産を持つ者がいる一方で、その日に食べる物もなく飢えて死ぬ人もいますが、人体の細胞にはそのような極端な格差はありません。
 もし、通貨の貯蓄額に上限を設ければ、多くの人が貧困から抜け出すことができ、尊い人命が救われることでしょう。金銭欲は上限があるボディの欲の範疇に留めておいた方がよさそうです。

生体社会での通貨の特徴3 ~ベーシックインカム制度の導入~

 生体社会ではベーシックインカム(basic income, 基礎所得)が全ての国民に与えられます。ベーシックインカムとは、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想です。ベーシックインカムには様々な訳語がありますが、基礎所得とご理解いただければ問題ないでしょう。批判を恐れずに言うと、全く働かなくても最低限の生活が送れるだけの互助通貨が毎月支給されるということです。

 これはバイオミメティック経済の特徴である人体のシステムを模倣するという観点からも肯定される仕組みです。つまり、人体の全細胞に血液は供給され、栄養や酸素が供給される仕組みになっています。
 ベーシックインカム自体を否定する人も少なくありませんが、その議論に入っていくと互助経済論の主旨が見えなくなりますので、詳細な反論は割愛し、簡単に触れるぐらいにしておきます。ベーシックインカムに対する主な反論は、人々が働かなくなるのではないかという勤労意欲に関するものと、財源をどうするかというものです。

ベーシックインカムにより人々が働かなくなるのではないか

 ベーシックインカムを導入すると「尊い勤労意欲がなくなり、怠け者が増える」という反論に対して、私は「社会や他者に貢献することが尊いのであって、全ての勤労が尊いのではない」と答えたいと思います。個人的には職業に貴賎がないという考えには反対です。社会貢献度が高い職業は貴であり、社会に寄生している仕事は賎だと考えています。後述しますが、資本主義社会は無駄な仕事だらけです。
 どうしても、全ての人を働かせたいのであれば、ベーシックインカムの支給額を生存できるギリギリぐらいの低い金額にすれば勤労意欲の問題は解決するはずです。このぐらいのことは、誰でもすぐ考えつくことでしょう。
 働くことはそんなに辛いことでしょうか。社会に貢献することは私にとっては喜びです。ですから、私は生きるために嫌々働くという人まで動員して社会を成り立たせていこうとは思いません。そういった人たちはモチベーションが低く、パーフォーマンス(仕事の質)も低いと予想されます。理想的な働き方のできる生体社会の下でも働きたくないという人は、仕事の喜びや貢献する喜びを知らない気の毒な人だと思います。

 もし、現代の日本にベーシックインカムが導入されたらどのような社会になるでしょうか? ここで少し考えてみましょう。
 ベーシックインカムにより、最低限の生活が保障されるため、安心して暮らすことができるようになります。パートやアルバイトの低収入でもベーシックインカムと合わせれば、ある程度ゆとりのある生活も可能です。仮に失業しても、路頭に迷う心配はありませんので、会社にしがみつく必要はなくなります。そのため、会社が不正なことをしていても、勇気を持って内部告発をすることも可能となり、より正義感を持って仕事をすることができ、自分の仕事に誇りを持つことができます。
 貧困が原因となる犯罪も減少することが期待され、治安も良くなるでしょう。生活が保障されているので貯蓄よりも消費にお金がまわるために、景気の回復も見込めます。また、少子化対策にもなるでしょう。

 生活保護者も引け目を感じながら受給する必要はありませんし、生活保護から外れないようにという、生活保護本来の趣旨とは逆向きの努力をする必要もなくなります。生活保護を受給している人が高級品を所有することは禁止されていますが、ベーシックインカムのお金は自由に使えます。
 本来生活保護はそれを受給しなくてもよい状態になるまでの緊急避難的な意味合いの制度なのですが、実際は一旦受給が始まると、98%の人は受給し続けるというのが現状で、非常に不平等な側面の大きい制度です。実際、不正受給の事例も数多くあり、ベンツに乗っている受給者やブランドの服を着てブランドのバッグを持っている受給者もいるようです。
 生活保護の廃止に伴い、大幅な行政コストの削減ができます。生活保護受給者を担当している公務員が数万人単位で不要になる計算です。同様に、年金や雇用保険も不要になるので、それに関わる公務員も不要になります。

ベーシックインカムの原資はどうするのか

 では、資本主義社会の日本ではベーシックインカムの導入は困難なのでしょうか? そんなことはありません。日本新党のマニフェストには「ベーシックインカム構想」が盛り込まれていますし、実現したいと思っている人も、実現が可能だと考えている人も増えてきています。
 私も今の日本でも実現可能だと考えています。ベーシックインカムの月額を1人5万円、年間60万円として考えてみましょう。月額5万円だと生活できないというかもしれませんが、家賃の安い地方に行って家族で暮らせば何とかなりそうな金額です。家族がない人でも、数人でシェアすれば2人で月額10万円、4人だと20万円となって、最低限の生活は可能な額ではないかと思います。ついでに言うと、これは地方を活性化することにもつながります。それに、月3万円分のアルバイトをすれば月額8万円になり、生活は充分に可能です。ベーシックインカムが導入されて、年金や失業保険がなくなっても、障害者への補助や医療補助はありますので、身体上の理由などで全く働けない人が最低限の生活を送らざるを得ないということにはなりません。
 その額ですと、日本全体で年間約72兆円が必要になります。2011年度の社会保障給付額108兆円のうち、医療費と介護費を除く部分の約67兆円がそれに充てられます。さらに、それ以外に生活保護の約3兆円も充てられ、これだけで約70兆円になります。残りは従来の社会保障給付や生活保護に関わる公務員の人件費を削除し、さらに公務員の人件費を2割カットすれば余裕で72兆円を超えます。それだけでなく、農家戸別所得補償、子ども手当、雇用対策的な側面の多いいわば無駄な公共事業、不公平で意味不明な各種補助金も廃止でき、それらの財源も充てられます。そう考えると、月額5万円以上のベーシックインカムはすぐにでも始められそうです。
 さらに将来的に消費税を上げるなどすると、月額7万円程度のベーシックインカムはヤル気さえあれば可能な気がします。それなのにできないのは、霞が関、役人、利権団体などのステークホルダー(stakeholder, 広い意味での利権に関わる各種利害関係者)の抵抗によるものです。加えて、国民総背番号制のような管理が必須になります。国民総背番号制を導入しただけでも、捕捉できていなかった納税者の税金で約5兆円、国税庁と社会保険庁の統合によって、社会保険を払っていなかった人が払うようになることが期待され、そこから約10兆円の税収が期待できるとも言われています。

生体社会でのお金の流れ

 生体社会には紙幣も硬貨もありません。あるのはインターネット上の口座だけで、その口座上の電子マネー、つまり数字として存在します。そのお金を説明上、互助通貨と呼ぶことにすると説明しましたが、ここでも説明上、その通貨の単位を円ではなく、ポイントとして説明します。

 口座の初期値は0ポイントです。残高0ポイントからスタートします。
 Aさんが初取引でBさんから5,000ポイントの物を購入した場合、Aさんの口座はマイナス5,000ポイントになります。 次の取引で、Cさんに15,000ポイント分のサービスを提供した場合、Aさんの口座は15,000ポイント増加し、残高は10,000ポイントになります。
 この残高のまま月をまたげば、減価分が徴収されます。仮に減価率が1%と設定されている場合、10,000ポイントの1%である100ポイントが減価し、Aさんの口座の残高は9,900ポイントになります。
 ちなみに、Aさんがマイナス5,000ポイントの状態で月をまたいだ場合の残高はマイナス5,000ポイントのままなので、借金(マイナスの残高)がどんどん膨らむということはありません。

 電子マネーの減価分と上限を超えて溢れた分は、税として集められます。その使い道は国民の意思を反映し、全体の福祉に有益な事業などにあてられます。電子マネーですので、その経理を全て公開することにすれば、チェック機能が働くようになります。
 個人の口座には取引履歴の他、減価分の累計や上限を溢れた分の累計が記録され、自分がどれだけ貢献したのかが分かる仕組みになっています。

 日本のみならず現代社会の税制は非常に複雑で、その徴収のためのコストも莫大ですし、徴収される側の手間も多く、企業の仕事の3割程度は経理関係の処理だと言われます。それに比べて互助経済社会での税は非常にシンプルで、完全に自動化されており、税率の調整も非常に簡単です。プライマリーバランス(礎的財政収支)が赤字で、それを黒字化したい場合、「6ヶ月後から、減価率を0.25%上げることとします」といった微調整が簡単にできます。現代の税制では消費税が5.25%とかは煩雑すぎてあり得ません。
 マッキントッシュ、iPad、iPhoneを世に送り出したアップル社のスティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs)は次のように言いました。「シンプルで美しく直感的なモノにしか世界は変えられない」と。生体社会論はシンプルで、美しく、そして直感的です。ですから、世界を変える可能性があると私は信じています。

 ここで、気の早い人は集まった税をどのように使うのかということが気になると思いますが、この章では生体社会論の概略を説明するだけにします。後の章でどのような社会を目指すのかという将来ビジョンを考えていきましょう。

この章のまとめ

・互助経済理論はバイオミメティクスの経済版で、血液の循環システムを参考にしている。
・それを社会システム論にまで展開したものが、生体社会システム論である。
・1つの口座の電子マネーとして管理する。
・通貨が万物と同様に減価(劣化)するので循環する。
・貯蓄高に上限があるので循環する。
・互助経済理論はシンプルで美しく、世界を変える可能性がある。
・ベーシックインカムで最低限の生活が保障される。